老齢年金の繰上げについて

【老齢年金の繰上げ請求の概要】

 

年金制度は平成6年の年金改正で特別支給の老齢厚生年金の定額部分の支給開始年齢の引上げが行われました。

そのため、これに付随するように平成12年の年金法改正で繰上げ支給の老齢基礎年金との併給が可能な改正が行われました。

 平成12年の改正以前では、厚生年金保険の支給開始年齢が60歳(昭和16年4月1日以前生まれ)の者は、報酬比例部分と定額部分の両方がある特別支給の老齢厚生年金を60歳から受給できましたが、老齢基礎年金を繰上げ受給する場合は全額支給停止になっていました。

 つまり、引き上げを行うための影響を抑えるため、老齢基礎年金の繰上げと同時に全額支給停止となる特別支給の老齢厚生年金の併給を認めるという経緯になっています。

※年金を繰上げ請求すると繰上げ時期に応じて一定の減額率が適用され、この減額率が適用された年金を一生涯受け取ることになりますが、昭和16年4月1日以前と昭和16年4月2日以後の者では適用される減額率が異なります。また、昭和16年4月1日以前の者は減額率が年ごとに適用され、昭和16年4月2日以降の者は減額率が月ごと適用される点が異なります。

具体的には以下の通りです(昭和16年4月2日以後は月ごとに0.5%ずつ減額されます)

受給開始年齢 昭和16年4月1日以前(減額率)昭和16年4月2日以後(減額率)
   60歳          -42%                -30%
   61歳          -35%                -24%
   62歳          -28%                -18%
   63歳          -20%                -12%
   64歳          -11%                 -6%

 繰上げの方法は全部繰上げと一部繰上げに分かれます。

 なぜ繰上げの方法が2つに分かれるかというと、特別支給の老齢厚生年金の定額部分と報酬比例部分が別々に引き上げられるからです。

 特別支給の老齢厚生年金で定額部分が支給される場合に老齢基礎年金を繰上げると、この定額部分は老齢基礎年金相当分を含みますから、老齢基礎年金と重複することになります。

 そこで定額部分が支給される場合で一部繰上げをする場合は、考え方としてまず定額部分を繰上げ請求時点まで伸ばします。

 具体的にいうと、例えば63歳で80万円の定額部分を支給される場合、65歳まで支給される額は2年間で160万円になります。この人が60歳で老齢基礎年金の繰上げ請求を行った場合、この160万円を5年間で均等に分割すると考えると分かり易いかと思います(つまり1年32万円)。

 その上で老齢基礎年金を元々定額部分が支給されない3年分を繰上げるということです。つまり老齢基礎年金の額が80万円の場合、2年分は元々の定額部分はありますから3年分として240万円を5年間で均等分割した上で、定額部分と異なり繰上げですので上記の減額率をかけて算出します(この例では33.6万円になります)。

 この定額部分と繰上げ部分を合算したものが、一部繰上げの受給額になります。

 なお、65歳に達した時は一部繰上げをしなかった部分を合わせて老齢基礎年金を受給することになります。

 一部繰上げの考え方は上記の通りですが、この定額部分を繰上げるときに使われる率がありこれを繰上げ調整率といい、繰上げた定額部分を繰上げ調整額といいます。

 また、一部繰上げの老齢基礎年金の算出式も存在しますが、考え方を理解したほうが良いと考えましたので上記のように述べさせて頂きました。

 これに対して全部繰上げは、文字通り調整も何もなく全て繰上げるということです。

 つまり、定額部分があった場合でもこれを無視して老齢基礎年金を繰上げるということです(定額部分があった場合は基礎年金相当分が支給停止になります)。

※一部繰上げを出来る方は全部繰上げを選択することも可能です。ここは間違えやすいので注意して下さい。

 上記でお分かりかと思いますが、定額部分のない者は調整を行うことができませんので、繰上げをする場合は全部繰上げしか選択できないことになります。

 ここでの注意点は、昭和28年4月2日生まれ以降の者は報酬比例部分が引き上げられていきますが、報酬比例部分の受給開始年齢到達前に老齢厚生年金の繰上げ請求を行う場合、同時に老齢基礎年金を繰上げなければなりません

 これは昭和36年4月2日以後の特別支給の老齢厚生年金が不支給になる世代でも同様に同時繰上げをしなければなりません。

 補足として上記の内容の期間は女性は5年繰下げることも申し述べておきます。

 

【老齢年金の繰上げ請求の注意点】

 

 年金を繰上げ請求することは、より早く貰えることがメリットではありますが、条件なしというわけにはいかず当然デメリットが発生します。

 

 ①一部繰上げ請求の注意点

  ⅰ 
前回も述べていますが、老齢基礎年金の一部繰上げは定額部分がある場合に出来る繰上げです。言い換えれば、定額部分が支給開始されれば繰上げの意味は全く無くなります。ですので定額部分の支給開始前に請求が必要になります。

  ⅱ 
繰上げ請求できるという事は裏を返せば受給資格期間を満たしているという事です。この受給資格期間を満たしているにも関わらず、60歳から65歳までの任意加入を行うという事は、保険料納付済期間を増やすという意志に他ならない事になります。ですので任意加入中の者が繰上げ請求することは趣旨が矛盾することになるため繰上げ請求は出来ません。

  ⅲ 
老齢基礎年金の受給資格者が繰上げ請求をした場合任意加入が出来ず、保険料免除期間等がある場合も追納が出来なくなります。これは繰上げ=老齢基礎年金の受給権の発生とみなされるためです。受給権が発生したのに年金額を増やせる行為が出来ることはおかしな話であり、公平さに欠けるためです。

  ⅳ 
支給繰上げ支給の老齢基礎年金の受給権は請求書が受理された日に発生し、受給権が発生した月の翌月分から支給されます。この受給権発生後は繰上げ請求の取消しや変更は出来ません。これを認めると大きな混乱が発生するのが避けられないことは容易に想像できるかと思います。

  ⅴ 
老齢基礎年金の繰上げ請求後は、事後重症などによる障害基礎年金を請求することが出来ません1人1年金制であり、65歳の本来の年金請求権が発生した以上新たな年金の発生を認めるのはおかしなことになるためです。

  ⅵ 
老齢基礎年金の繰上げ請求後は、障害者特例及び長期加入者特例措置を受けることが出来ません。ⅴで述べた通り、65歳の本来の年金請求権の発生後は1人1年金制だからです。

  ⅶ 
基礎老齢基礎年金の繰上げ請求後は、寡婦年金の請求が出来ません。権利が発生していた場合は失権(消滅)します。理由はⅴ、ⅵと同様です。

  ⅷ 
老齢基礎年金の一部繰上げ後に厚生年金保険に加入した場合、報酬比例部分及び繰上げ調整額は、在職老齢年金の支給停止の対象となります。これは両方とも厚生年金保険に依拠するものなので当然ですが、逆に老齢基礎年金の繰上げ部分は老齢基礎年金のため、在職支給停止の対象になりません。

  ⅸ 老齢基礎年金は、65歳から遺族厚生年金・遺族共済年金の併給の対象になりますが、これは繰上げ支給の老齢基礎年金には適用されません。これはこの併給の特例は65歳以上に限って認められているためです。

  ⅹ 老齢基礎年金の一部繰上げを行うと、その部分は前回に述べた減額率に応じて生涯減額が行われます。繰上げ受給の5年に限るわけではありません。そうであれば年金の過払いとなってしまうからです。そのため、一定の年齢を超えると繰上げしないときと比較して受給総額が減少することになります。

 一部繰上げをすることで受けるデメリットは想像以上に大きなものです。良く検討した上で繰上げするか選択された方が宜しいかと思います。

 

②全部繰上げの注意点

  ⅰ 一部繰上げでも述べておりますが、国民年金に任意加入している場合は繰上げ請求をすることは出来ません。逆に繰上げを行った場合は任意加入が出来なくなり、保険料免除期間がある場合は追納を行なうことも出来なくなります。理由は一部繰上げの項に準じます。

  ⅱ 全部繰上げと同様に、繰上げ支給の老齢基礎年金の受給権は請求書が受理された日に発生し、年金は受給権が発生した月の翌月分から支給されます。受給権発生後に繰上げ請求の取消しと変更が不可なのも一部繰上げと同様です。
 

  ⅲ 老齢基礎年金を全部繰上げすると、基礎年金相当分が支給停止になります。全部繰上げとは文字通り全部を繰上げるためです。

  ⅳ 一部繰上げと同様に、全部繰上げをすると事後重症などによる障害基礎年金の請求権が失われます。理由も一部繰上げと同様です。

  
ⅴ 一部繰上げと同様に、全部繰上げをすると、寡婦年金の請求権が失われます。更に寡婦年金を受給している場合は失権(消滅)します。理由も一部繰上げと同様です。

  ⅵ 一部繰上げと同様に、全部繰上げをすると65歳になるまで遺族厚生年金・遺族共済年金との併給が出来ません。これも理由は一部繰上げと同様です

  ⅶ 全部繰上げをした場合も、老齢基礎年金は減額率に応じて生涯減額されます。その他の点も一部繰上げと同様です。


 
年金を繰上げ請求することは、より早く貰えることがメリットではありますが、条件なしというわけにはいかずこのようなデメリットが発生します。

 

【老齢年金繰上げ請求の考え方】

 

①全部繰上げ(61歳~64歳で定額部分の支給がある場合)

 全部繰上げとは文字通り全部を繰上げるものです。

 定額部分の支給がある場合でも全部繰上げは可能です。

 では、この定額部分が引き上げられる人の年金はどのようになるかというと、まず定額部分ですが、これは老齢基礎年金と同額ではありません。

 そのため、全部繰上げといっても当然一定の額が残る事になります。

 ではこの残った額はどうなるかというと、65歳までは繰り上げた老齢基礎年金と一緒に受給することが出来ます。

 65歳以降は減額された老齢基礎年金と老齢厚生年金(報酬比例部分)とこの一定額を合わせて受給することになります。

 この一定額のことを経過的加算と呼び、定額部分に入っており元々厚生年金の制度ですから、老齢基礎年金とイコールでは無いため、老齢基礎年金では無く老齢厚生年金(報酬比例部分+経過的加算)として考えることになります。

 そして前回も述べた通り、繰上げ請求した月から65歳までの月数に応じて減額率が決定し、老齢基礎年金が生涯減額されて支給されます。

 また加給年金は、老齢基礎年金の受給権が繰り上がって発生したとしても、本来自分が定額部分を受ける年齢に達しなければ支給されません。

 ここは勘違いしやすい所ですので特に注意して下さい。

 

②一部繰上げ(61歳~64歳で定額部分の支給がある場合)

 年金の一部繰上げとは以前も述べました通り、老齢厚生年金の定額部分と老齢基礎年金の一部を同時に繰り上げることです。

 つまり、定額部分が引き上げられる人にのみ適用になるものです

 普通に考えれば、全部繰上げでは基礎年金相当額が支給停止になってしまうため、繰り上げられる定額部分を繰上げ調整額として生かすことの出来る一部繰上げの制度があるのはお分かりになるかと思います

 ただ、そのために繰上げ制度が分かりにくい制度となっているのは皮肉なことだと思います。

 ではこの一部繰上げの内容はどうなるかといいますと、まず60歳から65歳の特別支給の老齢厚生年金の部分は報酬比例部分と繰上げ調整額と一部繰上げの老齢基礎年金の3本立てとなります。

 ここに全部繰上げと異なり経過的加算相当額がないのは、定額部分それ自体が全て調整されるからです。

 では、65歳以降はどうなるかというと、老齢厚生年金と老齢基礎年金加算額と経過的加算と一部繰上げの老齢基礎年金の4本立てとなります。

 老齢厚生年金は報酬比例部分と同じなのでお分かりになるかと思いますが、なぜここで経過的加算が発生するのでしょうか?

 それは定額部分の繰上げ調整額がそのまま老齢基礎年金加算額としてスライドするわけではないためです。

 65歳以降の老齢基礎年金加算額とは、一部繰上げをした老齢基礎年金の残額です。

 ですから繰上げ調整額とは異なることがあり、そのためその差額を経過的加算として支給している事が経過的加算が発生する理由です。

 では全部繰上げにしろ、一部繰上げにしろなぜ経過的加算が発生するのでしょうか?

 それは主な理由として、以前述べておりますが、国民年金は被保険者期間が20歳から60歳までの480月分までが反映されるのに対し、厚生年金保険の被保険者期間は20歳未満や60歳以降でも被保険者期間があれば反映されるからです。

 このとき厚生年金保険の被保険者期間が国民年金の被保険者期間より多い場合は、特別支給の老齢厚生年金は厚生年金保険の被保険者期間で反映されるので、必然的に定額部分の額が多くなるのです。

 他にも国民年金の被保険者期間と重複している厚生年金の被保険者期間がある場合も加算されますし(但し、昭和61年改正以後である場合は最終種別が2号被保険者である場合は経過的加算では無く老齢基礎年金の期間となります)、昭和36年以前の被用者年金加入期間がある場合は老齢厚生年金の定額単価と老齢基礎年金の1ヶ月の年金単価が異なるため、この場合も加算が行われます。

 上記の理由で、結果的に差額がある場合に経過的加算として支給されるという事です。

 注意点は、この経過的加算は定額部分の額が老齢基礎年金より多い場合だけです。国民年金の被保険者期間の方が多く、厚生年金保険の被保険者期間が少ない場合は加算されませんので注意して下さい。

 

 

③全部繰上げ(61歳~64歳で段階的な報酬の引き上げがある場合)

 

 

 特別支給の老齢厚生年金の報酬比例部分は、段階的に引き上げられ、基本的に老齢年金の支給は65歳以降で固定されます。

 

 では、具体的にこの段階の方が繰上げ請求をするとどうなるかというと、特例の方を除き定額部分は支給されない以上、老齢基礎年金を請求時点まで繰上げることになりますが、この請求時点が仮に60歳だとすると老齢基礎年金の繰上げ分は60歳から支給されても報酬比例部分は支給されないというひずみが生じます。

 

 老齢厚生年金と老齢基礎年金は繰上げは同時に行わなければならないことになっていますが、なぜそうなのかはここに一つの原因があると思います。

 

 他にも原因はあると思いますが、趣旨と外れますのでここでは触れないでおきます。

 

 何にせよ、ここでは老齢基礎年金と老齢厚生年金を同時に繰り上げることになるのですが、老齢厚生年金を繰上げるとこの世代の方は当然報酬比例部分と重なりますので、繰上げ請求時点から報酬比例部分の支給開始までの月数分の減額率を報酬比例部分及び経過的加算額にかけて算出した額を報酬比例部分から引いた額が支給額になります。

 

 ややこしいですが簡単に言うと、報酬比例部分を繰上げて埋めた分だけ減額率に応じて年金額が差し引かれるということです。

 

 ここでも経過的加算がある場合はそれも考慮されます。また、この減額は生涯続くことにご留意下さい。

 

 では、老齢基礎年金の部分はどうなるかというと、定額部分がありませんからこれは以前述べた全部繰上げと同じです。

 

 つまり、請求時点での減額率に応じて減額された額が生涯支給されることになります。

 

④全部繰上げ(61歳~64歳で段階的な報酬の引き上げがある特例対象者の場合

障害者特例、長期加入者特例、坑内員・船員特例に該当する場合の繰上げについてお話します。

上記の特例に該当する人は、以前述べておりますが本来は報酬比例部分のみの支給がある場合でも、その報酬比例部分の支給開始と同時に定額部分も一緒に支給されることになります。

そのため、報酬比例部分が段階的に引き上がる人は、当然報酬比例部分の支給開始年齢に達しなければ定額部分も支給されません。

つまり、特別支給の老齢厚生年金の報酬比例部分と定額部分が、支給開始年齢に応じて一緒に引き上げられるというイメージです。

61歳に支給開始なら、61歳から報酬比例部分と定額部分が支給されるということです。

ではこの場合に支給繰上げをした場合はどうなるかというと、このケースでは報酬比例部分の他に定額部分の他に定額部分が存在します。

報酬比例部分は繰上げた分だけ減額率により減額されますが、定額部分は一部繰上げの時と同様に定額部分の繰上げ調整(繰上げ調整額)と老齢基礎年金の一部繰上げを行なうことになります。

この場合の繰上げ調整額は、定額部分は特例で加算されておりますので、報酬比例部分に加算されるというイメージになります。

65歳に達してからは、減額された老齢厚生年金(報酬比例部分)と老齢基礎年金加算額と一部繰上げの老齢基礎年金と経過的加算があれば加算されます。

つまり、この特例に該当する人の年金の繰上げ請求は、報酬比例部分の減額という違いはありますがほぼ一部繰上げと同じになります。

なので、一部繰上げの所をご参照頂けると宜しいかと思います。

ところで、ここまで述べてきた年金の繰上げを行った時の日本年金機構からの通知は、特別支給の老齢厚生年金の請求と同時に繰上げを申し出た場合は、厚生年金保険の本来額のみ記載された「国民年金・厚生年金保険年金証書」が決定した年金事務所から送られ、繰上げ後の年金額は、初回支払月の上旬に機構本部から「年金決定通知書・支給額変更通知書」で通知されることになります。

後に申請した時も、年金証書の改定は行われず「年金決定通知書・支給額変更通知書」で通知されるということになります。